カゴメは創業以来、農業によってもたらされる「自然の恵み」を活かして事業を行ってきました。農業は、私たちに自然の恵みである農産物を与えてくれると同時に、農村に多様な環境を生み出し、多くの動植物が暮らす場を作り出しています。農業が生み出す農村や里山の自然は、社会の人々に住みよい環境や精神的文化といった幅広い恵みをもたらしてくれます。すなわち農村の「生物多様性」は、人々の健康で幸せな生活を支える大切な存在であるといえます。
しかし20世紀以降、急激に拡大した人間活動による負荷は、地球が許容できる範囲を超え、世界各地で陸上や海の生物多様性とそこから得られる自然の恵みを大きく減少させてきました。一方、未来の日本では、農業従事者の減少や耕作放棄地の増加が更に進み、農業の営みが生み出す多様な環境が失われようとしています。
このような背景を踏まえ、カゴメは、事業における様々な場面で生物多様性の向上に努め、自然の恵みを活かした企業活動が、将来にわたり持続的に成長できるよう、※1)「カゴメ品質・環境方針」に基づき、この「生物多様性方針」を定め、積極的に取り組んで参ります。
※1)カゴメ品質・環境方針(第3項)
「野菜を育む水・土・大気を守り、豊かな自然環境をつくる農業を未来へつなぎ、得られた恵みを有効に活用します。」
※2)生態系サービス・・・生態系から得られる恵みであり、以下のサービスに分類される。
供給サービス:食料や水、燃料、木材など人間の生活に重要な資源を供給するサービス
調整サービス:気候・水の調節や、土壌浸食の防止、水の浄化等、環境を調整するサービス
文化的サービス:精神的充足や美的な楽しみ、レクリエーションの機会等を与えるサービス
基盤サービス:植物による酸素の生成、土壌形成、水循環等、上記3つのサービスの供給を支えるサービス
生物多様性の専門家とエンゲージメントを繰り返し、カゴメグループの生物多様性への考え方や今までの活動を第三者の目で見ていただき意見交換を行いました。方針の策定にあたっては、カゴメが生態系に及ぼしている負荷やカゴメが期待される取組みを明らかにし、それらを解決するための対応方針を策定しました。具体的には以下の手順で行いました。
カゴメは安心・安全・環境に配慮した栽培思想の下、畑の土づくりから指導し、過剰な化学農薬、化学肥料を使用しない栽培に取り組んでいます。
農薬の使用方法へのこだわり
栽培上必要な農薬は使用しますが、生態系を崩さないためのカゴメのこだわりがあります。
肥料の使用方法へのこだわり
カゴメは、畑及び周辺の生物多様性を保全しながら適切に管理していくことが、事業を通じて持続的に生き物や環境を守るために重要だと考えています。
2018年7月及び2019年7月に、茨城県の露地栽培のトマト畑にて、トマト畑と周辺の生物多様性の調査を行いました。その結果、トマト畑と周辺半径100mの場所には、150種前後もの昆虫が存在すること、草地の植物種が多様なほど昆虫や鳥の種類が多くなること、畝間に敷きワラを施しているトマト畑では、地を這うコウチュウ目(益虫)が種類も数も増加し、トマト害虫を駆除してくれる昆虫を増やすことができる可能性があることなどがわかりました。今後この調査を継続し、栽培方法が異なる各地域でのトマト栽培が生物多様性に及ぼすリスクや機会を把握し、自然を豊かにするトマト栽培の実現に努めていきます。
持続的な農業を具現化するため、カゴメ野菜生活ファーム富士見(長野県諏訪郡富士見町)に隣接する 1.2ヘクタールの畑に「生きものと共生する農場」を設置し2020年7月から公開しました。この農場は、様々な生きものが畑の周りで生活しやすい環境にする仕掛けや、害虫の天敵など、農業に役立つ生きものを畑に呼び込み、生きものの力を活かした農業を行う仕掛けを設置しています。
また、この農場のしくみを知っていただいたり、生きものに親しみ生きものを大切にする気持ちを醸成するため、クイズラリーで楽しみながら学んでいただく工夫をしています。
農場では、生物多様性のモニタリング調査を行い、その結果から各仕掛けの改善や追加を行い、生きものと共生する農業を確立していきたいと思っています。そして農家の方に普及するとともに、多くの方に生物多様性の理解を深めていただけるよう取り組んで参ります。
国内の加工用トマト(トマトジュースの原料などに使用)は、契約栽培で生産しています。
カゴメの契約栽培とは、契約した農家の皆さんと、栽培を始める前に価格を取り決め、契約した畑から収穫され、品質規格に適合したトマト全量を買い上げる栽培方法です。カゴメから種子や苗を提供し、栽培方法を指導し、安定した収量を確保することで農家の皆さんがトマト栽培を通じて、経営の安定化を図ることができます。
農地の生物多様性は、農地が維持・管理されて成り立ちます。トマト栽培を続けることで、耕作放棄地の抑制、生態系豊かな農地の維持に努めています。
国産加工用トマトの調達での大きな課題は生産者の高齢化です。30~40年にわたって栽培し続けている生産者が多く、後継者不足を理由に栽培をやめていくケースもあります。その1番の原因は収穫時期が7月下旬から8月中旬の最も暑い時期に集中することで、手作業によるトマトの収穫が過重な負担となっています。カゴメでは、農業機械メーカーと共同で加工用トマト収穫機「Kagome Tomato Harvester」(以下、KTH)を約6年の歳月をかけて開発しました。KTHの作業効率は人手による作業の約3倍に達し、1人1日あたり1.8トンの収穫が可能となります。2017年にはトマトの運送委託業者に収穫機の運転、運搬などの作業を委託してKTHと作業者をセットで派遣する取り組みを茨城県でテスト導入し、現在も継続・拡大しています。
カゴメは、全国の自治体などと協定を結び、日本各地の特産品や旬の味覚の魅力をカゴメブランドの商品として全国にお届けする「地産全消」運動を2010年にスタートさせました。2019年末現在、協定は17府県5市1町1団体に上り、農産物の原料としての採用だけでなく、災害時の救援物資の提供、農業と経済の発展を目的としたものなど、幅広い連携が各地で進展しています。
地域の農産物を全国で消費する「地産全消」活動の核となる商品「野菜生活100季節限定シリーズ」は、今では年間10種類以上を順次発売。カゴメはこれからも、新たな野菜や果物の開拓やコラボレーションによって、地域の農業さらには健康長寿をサポートしていきます。
通販事業部では、既存の「健康直送便」に加え、新たなビジネスブランドとして「農園応援」を2016年10月に立ち上げました。「農園応援」は、食における地域や農業への関心の高まりを好機に、カゴメが日本全国を訪ねて出会った、地域に眠る価値ある農産物を次世代に受け継いでいくための応援活動です。
2017年以降、青果で北海道旭川市のいちご「瑞の香」、山形県庄内地区「庄内砂丘メロン」、加工食品で「山形かわにし紅大豆」、「北海道余市トマトジュース」等を販売しました。
2019年には、復興支援として福島県伊達郡の「献上桃の郷 特秀あかつき」の販売を開始することで9地域9商品に拡大しました。その活動は、農産物の販売だけにとどまらず、‘’関係人口の増加‘’を目的とした川西町での「交流ツアー」や、“農福連携”を目的とした余市町での「トマトの定植や収穫体験」を実施。その継続的な活動が評価され、2年連続※グッドデザイン賞を受賞いたしました。
「農園応援」は、地域生産者が丹精込めて育てた農産物と、それを使ってカゴメが作った商品を地域の魅力とともに消費者にお届けし、地域生産者と消費者をつなぐことで、地域農業の活性化や地方創生に貢献していきます。
2017年12月、アフリカのセネガル共和国に加工用トマトの栽培・仕入れ・販売を担う営農会社「Kagome Senegal Sarl(カゴメセネガル社)」を設立しました。西アフリカにはトマトの食文化が根付いており、セネガルではトマトの一人あたりの年間消費量は20kgを超え、日本の2倍以上です。しかし、資金不足や栽培技術が未熟なこと、病虫害などにより、品質・量ともに十分にトマトを確保できていない状況です。同社では、当社グループが保有する種子や栽培技術などの農業技術資源を用いて、セネガルに新たな加工用トマト産地を形成し、西アフリカ地域の加工用トマト市場の振興に貢献していきます。
2015年3月よりポルトガルの「アグリビジネス研究開発センター」にて日本電気株式会社(NEC)と共同で、ビッグデータを活用した海外における最先端の加工用トマト栽培技術の開発に着手しています。具体的には、試験圃場に設置した気象・土壌などの各種センサや人工衛星・ドローンなどから得られるデータと、灌漑・施肥などの営農環境から得られるデータを活用し、トマトの生育状況や気象条件に応じた水・肥料・農薬などの最小限の使用で収穫量の最大化を達成することで、農業の高付加価値と環境負荷を極少化する農業の実践をめざしています。
これまでポルトガル、オーストラリア、アメリカなど様々な地域で実証試験を行いました。2019年のポルトガルの圃場での実証試験では、窒素肥料の投入量を一般の使用量から約20%減らし、ポルトガル全農家の平均収量の約1.3倍(127トン/ha)の収穫量をあげることができました。これは現地の熟練栽培者の収穫量に匹敵するものです。この他、圃場での異常をタブレット端末で空間的に可視化することが可能なアプリケーションの開発も進めました。
この取組みは、少ない肥料や水の使用で、トマト栽培ができるメリットがありますが、その他に、圃場全体の生育状況やストレス分布がリアルタイムに把握でき、収穫日や収穫量、天候や病害リスクが予測でき、リアルタイムに農家に栽培指導が行えるメリットもあります。
イノベーション本部では、民間企業では世界有数の約7,500種類のトマト遺伝資源を保管しています。いろいろな遺伝的特徴を持ったトマトの種子を収集し、交配を重ねて新たな有用品種を生み出しています。
種子は一定の温度、湿度で保管していますが、年数が経つと発芽率が落ちるため、順次更新しています。このようにして、蓄積した貴重な遺伝資源を絶やすことなく維持しています。
収集した遺伝資源の保有形質は再評価し、病害抵抗性品種(農薬使用量が低減)の開発等に活用しています。
2019年度は、家庭園芸用、食味改善、病害虫抵抗性、機械収穫適正などを目的とした合計7件のトマト品種登録出願を行いました。
また、米国カリフォルニア州をはじめ世界8ヵ国に拠点をもつUnited Geneticss Holdings LLC.では、トマトをはじめとする野菜の自社品種を開発し、世界80カ国以上に種子や苗を提供しています。
カゴメは1998年、生鮮トマトの生産・販売事業を開始しました。屋外の加工用トマトとは違い、風のない温室トマトは受粉にハチを使用します。外来種のセイヨウオオマルハナバチが、問題を引き起こす可能性のある特定外来生物の候補に挙がっていることを知り、2004年5月から、直接管理する全国3ヶ所の大型温室を在来種のクロマルハナバチに切り替え、以降新設の5つの大型温室は最初からクロマルハナバチを使用しています。当初このハチの繁殖技術はまだ確立しておらず、トマトの品質や経済性への影響も不透明でしたが、カゴメが開発を後押しし実現しました。今では日本の生鮮トマト栽培の全量をクロマルハナバチで賄えるまでに技術確立されています。
ハチが受粉を助けるのは、蜜を取るときに、花を揺らすためです。カゴメはこの機能を機械化し、2019年、八ヶ岳みらい菜園に自動振動受粉装置を施工し、ハチに頼らない受粉を進めています。
パーム油は生産性が高く年間を通じて収穫でき安価なことから生産量は年々増加していますが、生産地では急激な生産拡大にともない、新規農園開発のための熱帯雨林の伐採やそれにともなう野生生物の生息地の縮小などの問題が生じています。また不適切な農園経営による、健康や安全への配慮が乏しい劣悪な労働環境や、低賃金、移民労働者の不当な扱い、児童労働など、社会的公正を欠くさまざまな労使問題も指摘されています。カゴメは、このような問題の解決に向けた「持続可能なパーム油 のための円卓会議(RSPO)」に賛同し、正会員として加盟し、2019年にカゴメの米国工場であるKagome Inc.でMB認証を、2020年には日本のカゴメでB&C認証を取得しました。カゴメは今後も持続的な原料調達を目指していきます。
※RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)
世界自然保護基金(WWF)、欧米企業、マレーシアパーム油協会などにより2004年に設立された国際組織で、持続可能なパーム油生産のための8つの原則と39の基準に基づき、持続可能なパーム油を認証しています。
カゴメは1999年から、毎年、全国の小学校・幼稚園・保育園に、カゴメトマトジュース用トマト「凛々子(りりこ)」の苗を無償でお届けしています。子どもたちの「命への関心」「感謝する心」を育む学習教材として活用いただいています。
2019年末時点、累計で約380万本の苗を提供しました。
<小学校の先生のご意見>
この活動で子どもたちの野菜を愛おしむ心が育っていったと感じました。子どもたちの感想には、自分で育てた野菜を調理して食べる楽しさを味わったことが書かれています。
今般の新型コロナは多くの犠牲とともに、現代社会に内在された様々な矛盾を露呈させました。しかしポストコロナへの議論が高まるにつれ、サステナブル社会に向けた未来志向の考えを持つ人が増えてきたように思います。
カゴメでは、環境負荷低減を目的として、農薬使用の改善や外来ハチの利用転換などを進めてきました。さらに畑の生物多様性調査を行うとともに、2020年7月には生物多様性を守り活用する新しい試みとして、「生きものと共生する農場」を野菜生活ファーム富士見にオープンしました。この取り組みにより、自然の持つチカラを利用したサステナブルな農業についての知見蓄積や普及啓発の推進が期待されます。2020年5月に、EUが環境と農業を結びつけた2つの戦略「生物多様性戦略」及び「農地から食卓へ戦略」を発表しましたが、上記のカゴメの取り組みはこうした世界のサステナビリティの潮流とも合致するものです。
今後、カゴメと農家・ステークホルダーとが協力し、サステナブルな農業を各地にひろげ、レジリエントな社会の構築を進めていただきたいと思います。
株式会社エコロジーパス取締役 北澤哲弥